ハンドメイドレシピと手作り情報サイト

旧コミュニティ

「良いデザイン研究室」

2次元工房

更新日: 2003/04/30

「良いデザイン研究室」

当コーナーは「デザインの善し悪しとは?」を補足するために作りました。
未来の服飾業界を真剣に考える方々のお役に立てるような内容のみを厳選して
お届けします。50回程の長編になると思いますが、気に入ったら読み進めて
みてください。全て読み終わると、貴方は次世代のデザインを軽々とできる
特殊能力を手に入れることができます。


************ 社会現象への一考察 *************

ファッション(流行)とは社会現象である。そして社会現象とは人間の外側
に起きる現象である。人間の外側に起こる現象としては、他に自然現象がある。
自然現象は人間がいなくても成立するが、社会現象は人間が関与しなければ
成立できない。
そして、この世に人間が一人しかいなければ、それは成立できない。
又、複数の場合でも、互いへの干渉が全くできない状況下では成立できない。
そこで社会現象とは、複数の人間が意思疎通のできる範囲内に存在し、共通の
意思伝達手段を持ち、互いに干渉しあう状況から生まれる行動様式と定義する
ことができる。

今日我々は、非常に変化にとんだ生活を経験している。
最新の出来事は、文字、音声、画像を通じて距離を飛び越えて伝達される。
人々は、流行の服飾を身にまとい、流行の音楽を口ずさみ、最新情報を巧みに
取り入れ、それを行動様式選択の判断材料としている。
そこには、ひとつの事象情報を同時期に受け取ることで誘発される価値観の
共有や、それに触発されて起こる行動様式の伝播が見て取れる。
つまり情報の共有は、行動様式の一様化を発生させる事がわかる。
そして一様化へ向かう行動様式は、それと関連する市場をも活気づかせ拡大
させるエネルギーを持っている。
そこで、あらゆる企業がこの波を作り出そうと、あるいは相乗りしようと躍起
となる。
拡大路線を前提とした企業において、行動様式の伝播する速度と、それに関連
する商品の生産速度をシンクロさせることが最大の関心事となるのだ。

特定市場の拡大と縮小は、消費者の趣向性の変化が真因であり、その趣向性
と合わない商品を作っている企業はたちどころに破産へ追い込まれる。
このように、消費者の趣向の変化があらゆる市場に拡大と縮小の機会を与え、
社会現象(流行)として誰の目にも明らかな行動を伴いながら時代の歯車は
音を立てて回る。

つづく

あおっち

更新日: 2003/07/05 14:11

お疲れ様でした。有難うございますm(__)m

2次元工房

更新日: 2003/07/05 05:30

「 極大の世界 」

ファッションにとって極小とは「個の価値観の反転」であった。
当然のことながら、ファッションにも極大の世界はある。
それは「全体秩序の価値観の反転」である。
全体秩序は、個の選択が秩序の許容範囲を逸脱しないよう、常に個へ
干渉している。
法律・規則・常識・世間体などがそれで、その正体は個の外側にある
全ての固定概念である。
しかし、個が社会の内に在るとき、個の内側にも全体秩序が刷り込まれる
こととなり、個は外からの干渉だけではなく、自己の内面においても秩序
からの逸脱を抑制するのである。
 
個の固定概念とは、個特有の選択であり、個性であり、自由である。
全体秩序とは、罰・嘲りを伴う抑制であり、非自由である。
人は、相容れることのない二つの固定概念(価値基準)を内側へ持ち、
本音と建前として対立させ、使い分けることで心的安定を保ち社会と
同調している。

個の秩序(固定概念)と全体秩序(固定概念)は「過去の延長上に未来
がある」、とする強固なこだわりを持っている。
変化を好まないこの性質が固定概念と呼ばれる所以なのだが、実は日々の
経験が上書きされ、睡眠中も関連の系の組み替えが頻繁に行われ、刻一刻
と変化し続けている。
固定概念は、予想外の事象には瞬時に拒否反応を示す性質を表すが、
ゆっくりとした変化には、事実を事実として素直に受け入れる柔軟さも持
っている。
つまり、「周知の事実」に対しては不快感を示すことなく、簡単に受け入れ
てしまう傾向があるのだ。

この傾向は、ファッションの伝播にとって重要な意味を持っている。
「周知の事象は不快なく受け入れる」、固定概念の持つこの性質は、
拡大開始時の伝播速度が途中から急加速することを示唆している。
つまり、伝播がある程度進行した後にそれへ気付いた個は、強い不快感を
発生させることなく受け入れが可能なのである。
話相手に対して「だってみんな○○だよ!」と周知の事実として同意を
求める会話方法は、その性質を利用したものである。

そしてこの性質は、革新的で反社会的なファッションが、伝播・拡大の
途上で突如として保守性や社会性を獲得することをも意味している。
これは、もはや個の選択の伝播などではなく、個と全体秩序、双方の
価値観の反転であり、個の自由な選択が全体秩序へと変化を遂げる
一過程である。
その後、ファッションは社会の認知を受けて更なる急成長を続けるが、
革新的で反社会的なカッコ良さはすでに失われているために、
それまで拡大を支えてきた若年層での伝播は急速に収縮することとなる。
これは、「目に見える伝播」と「カッコ良さ」とは反比例の関係にあり、
多くの人が流行と呼ぶ「見える拡大現象」は、カッコ良さの「見えない
縮小」でもあることを教えている。

もうお分かりだろうか。全体秩序は全て過去の流行の上に構築されて
いることを。一見対立するかのように見える個の選択と全体秩序は、
実は現在の個の選択と過去の個の選択の対立なのであり、それは既に誰
もが知っているように、新しい価値観と古い価値観の対立なのである。



「 近過去の全体秩序 」

1960年代に登場したミニスカートなどの「若さ」を表現する
ファッションは、従来の着用ルールの呪縛と閉塞感から開放してくれる
自由の象徴として、若者に熱狂的に受け入れられた。
従来の着用ルールとは「ドレスアップ」の重視である。
外出時は、時間、場所、場合に応じた服装を心がけ、部屋着と一線を引き、
人生の成功者であるような装飾の収集に努めようとする、大人の時代で
あった。
しかし1960年代前半には、既にそのルールを楽しむ時代は終わりを
告げ、ルールは格式化・伝統化し、それに束縛される時代となっていた。
そして、誰もがその様に振舞うことで自由度が乏しくなり、差別化が曖昧
となり一様化と閉塞感だけが漂っていた。

ミニスカートに端を発した普段着(カジュアル)は、束縛的なドレスアップ
の概念を根底から破壊し、瞬く間に大躍進を遂げた。
その破壊は1975年まで続き、時間、場所、場合を考慮することなく、
普段着(カジュアル)でいることのカッコ良さを世界中に浸透させた。

過去40年間のファッションの流れを要約すると「ドレスダウン」である。
全ての時間、場所、場合を「自分の部屋」と化し、気取ったドレスアップ
をすることなく、何者にも束縛されることなく、さらりと気軽に自分流に
生きるのが、知性的でカッコ良いとする文化であった。



「 現在の全体秩序 」

ドレスアップ否定のルールは、伝統化され今も受け継がれている。
電車内でのフルメーク・床座り・携帯電話、サンダル履きでの旅行、
Tシャツやデニムボトムでのホテルの食事、街中での下着姿、成人式での
大騒ぎ、タメ口、寝癖ヘアー、刺青・・・など。
今では当たり前となった現象だが、それらは全て
「ドレスアップを否定するカッコ良さ」の伝播の残像なのである。

ドレスアップを否定した総普段着化は既に拡大を終了し、社会の習慣と化し
、全ての時間、場所、場合において、「自分の部屋化」や「ドレスダウン」
は当たり前となり、新鮮さやカッコ良さは完全に消失している。 
そして今、ファッションに関心を示す人たちが急激に減少し、
それを学び職業とする夢や希望さえ消え入りそうな状況を呈している。

服飾に関わる全ての段階において、明るく発展的な雰囲気など何処にもなく
、ファッション=普段着(ドレスダウン)である図式に若者と一部の大人達
が飽きや嫌悪感を持ち始めている。
晴れやかさや華やかさ、別世界へつかの間のトリップ感を味あわせてくれ
るワクワク感や、新時代の幕開けを予感させるような知性や文化の香りが
普段着(カジュアル)からはもう感じられなくなってしまったのだ。
今、40年前と同様に多くの人々がファッションに、着用ルールに、
そして、ドレスダウンに閉塞感を抱いているように観える。


「 近未来の全体秩序 」

私は、「ドレスダウン」と「ドレスアップ」は全体秩序の対立項なのでは
ないかと考えている。
もしそれが正しければ、それが見かけの関係でなければ、「自分の部屋化」
や「ドレスダウン」の縮小と、「TPOの復活」や「ドレスアップ」の
拡大が2040年まで続くだろうと考えている。
そしてそれは、従来の着用ルールの呪縛や閉塞感から開放するカッコ良さ
の象徴として次世代、又は、次々世代の若者に熱狂的に受け入れられるだ
ろう。そのピークが誰の目にも明らかになるのは、2010〜2015年
と予測している。
ただし、前にも述べたように、目で追う限りは「正反合」と現象が推移
する事になるので、2010〜2015年に支配的となる着用ルールは、
「ドレッシーカジュアル」とか「フォーマルカジュアル」と呼ばれる、
(ドレスダウン+ドレスアップ)÷2 の式となるだろう。



デザイナーやそれを目指す人に問う。次の様な経験はないだろうか。
新しい流行との出会い時には不快感を示し拒絶しながらも、その後の拡大
を知るにつれ少しずつ寛容となり、更なる拡大を見て、いつしか不快感は
消え失せ、ある日突如としてそれを魅力的に感じてしまう。
そして一旦受け入れると、不快感を感じていた頃の自分を記憶の底へ沈めて
しまい、受入れ後の自分だけを鮮明に自覚し正当化する。
更に、このような経験を数多く積むことで、自分には流行を予知する能力や
デザイン能力があると確信する・・・

この様な自覚が有ることは稀とは思うが、多くの人はこの経緯で流行を
取り入れ、デザイナーを目指している。
自分はそうではないと思うかもしれないが、実はほとんどの人がそうなの
である。

当コラムの読者は、出会い時の不快感の持つ意味や重要性をすでに知って
いる。
不快感は次の時代の幕開けを知らせるサインなのであり、デザイナーや
デザイナーを目指す人は、それを見落とすべきではない。
それを知り、それへ意識を留めて置くだけで、他の人や企業より1〜2年
早く、場合によっては3〜5年程早くそれをビジネスへ活用できるのだ。
流行のスピードは固定概念の反転する速度なのであり、それは反復経験を
必要とするため進行は驚くほど遅い。

そのサインが観えずに、現象だけを追う人の目には、流行は、あまりにも速
く目まぐるしく移り変わり、捕らえどころがなく、振り回され、真似るだけ
の不快な現象と映るだろう。そして被害者意識の呪縛の虜となるか、それを
嘲笑や無視せざるを得なくなるだろう。
私は、当コラムの読者がそのような人にならないようにと願っている。
何故なら、ファッション(流行)とは、人々にささやかな幸せと笑顔を
運んでくれる、人生に不可欠な心の運動なのだから。


 「良いデザイン研究室」
 社会現象に関する一考察・完

2次元工房

更新日: 2003/06/26 06:14

「 極小の世界 」

物理学では、世界を極大と極小とに分け、それぞれの究極から真理を求め
ようとしている。極大とは宇宙の振る舞いであり、極小とは、これ以上
分割できないまでに分割された物質の振る舞いである。

人は、言葉をひとかたまりの音として聞き取り、反復経験により音と意味
との関連を理解する。
反復による学習の過程では、その言葉と記憶の中の共通性のある言葉
(関連語)や、反対語(対立語)の比較・照合が行われ記憶位置が確定
されてゆく。

例えば、「大きい」と「小さい」は、対立していて相容れない内容を持っ
ているが、これは比較してこそ成立可能な関連性のある言葉なのであり、
その意味は、絶対的ではなく相対的であるために同義語なのである。
したがって、正反対の概念は違う場所に記憶されるのではなく、同じ場所
へ分類され(同じ関連の系へ)記憶(関連付け)されるのである。

デザインとは状態であり、状態を表す言葉の多くは対立的である。
「有」と「無」、「大」と「小」、「長」と「短」、「広い」と「狭い」
「厚い」と「薄い」、「重い」と「軽い」、「上」と「下」・・・
このように、二律背反する状態の概念は、セットとなってこそ認識が可能
となるのであり、このような言葉の持つ法則性は、状態の記憶とその引き
出し手順(思い出し)に規則性を与えるものである。

対立概念は不可分である。これは物理学が追求する極小の究極に匹敵する。
そして、対立概念が内包する対立項の揺らぎは、脳が推論する基本動作
なのであり、この動作を追求することで社会現象のメカニズムが解明でき
ると考えている。

当コラムの主題はファッションであるから、以上の考察をボトムへ適用
してみる。

<スカート・パンツを構成する主要な対立項>

・短い丈 ←→ 長い丈
・浅い股上 ←→ 深い股上
・幅の狭い腹帯 ←→ 幅の広い腹帯
・低いウエスト位置 ←→ 高いウェスト位置
・裾にボリューム無し ←→ 裾にボリューム有り
・ヒップにボリューム無し ←→ ヒップにボリューム有り

<従属的対立項>

無地 ←→ 柄
厚い ←→ 薄い
直線 ←→ 曲線
粗さ ←→ 緻密
硬い ←→ 柔らかい
対称 ←→ 非対称
揺れる ←→ 揺れない
透ける ←→ 透けない
温かみ ←→ 冷たさ
抽象柄 ←→ 具象柄
光沢無し ←→ 光沢有り
凹凸感有り ←→ 凹凸感なし


あなたは、ボトムを構成する主要素の少なさに驚きを感じるかもしれない。
しかし、実際にデザインをしてみると、これ以上の細分化は必要ないことが
すぐに分かるはずだ。
人間のひらめきには制限がない。上記の対立項の組み合わせだけで無限に
デザインが可能なのである。

想像して欲しい。要素のそれぞれが固有の周期律で揺らいだ時に何が起る
のだろう。私はそれがファッションだと考えている。

遠い昔から、社会現象には周期があると言われてきた。
○○年周期説を唱える経済学者は無数に存在する。そしてこれからも現われ
ては消えて行くことだろう。
流行には周期があると論評するファッション評論家も数多く存在する。
しかし、周期を公表し、それに責任を持とうとする評論家はいまだ世に現わ
れてはいない。

本当に周期が存在するのなら、過去50年程のファッション雑誌の全てを
集め、人海戦術でそれを抽出できそうな気もするが、誰かが成功したと言う
話を聞いたことがない。

社会現象に周期があることは誰でも薄々分かっているのだが、現象の
追跡調査や、歴史からそれを解読しようとすると、おぼろに見えていた
周期性が見えなくる。まるで蜃気楼のように、近づくと逃げるのだ。
歴史の全体を見渡すパターン認識の段階では明らかに周期性を感じるの
だが、細部へ観察を広げるとそれは見えなくなる。

だが、実は周期性を抽出するのはとても簡単なことだったのである。
それを抽出できないのは、調べている人間の価値観が調査対象とする
時代の価値観と違うからなのであり、当然の結果といえる。
調べている人間の価値観のフィルターを通して現象を目で追うと、
それは見えなくなってしまう。
何故なら、周期性は現象の揺らぎではなく価値観の揺らぎが真因なの
だから。


周期を割出すには、大量の資料から統計分布を抽出することとなるが、
資料を目で追っただけでは実態の把握は困難である。
以下にその解読方法を公開するので参考にしてほしい。



「 流行解読の法 」

<その1:時差を考慮する>
その要素が、企画立案から製品になるまでには多くの時間を要する。
店頭に並び購買されるまでには、さらに多くの時間を要する。
その売れ行きを確認し、強気の増産に転じ、多くの店頭へ並べるには、
より多くの時間を要する。
さらに購入者が増加し、それを身にまとい、街中で見かける頻度が高く
なるまでには、多くの時間を要する。
さらに、編集者がその現象に気付き、興味を持ち、販売部数の増加に結び
付くと判断し、企画や編集会議を通し、その要素がファッション誌に掲載
されるまでには、より多くの時間を要する。
さらに、他業他誌までもが強気に転じ、一様にその要素を誌面とするまで
には、より多くの時間を必要とする。
これにより、誌面露出のピークは流行の終焉期と解釈すべきである。
多くの人が、「その要素は流行している」これからも更に拡大するで
あろうと強気に転じたその瞬間が縮小の始まりなのである。


<その2:コメントは読まない>
周期律の抽出に必要なのは写真だけで十分。
いかに巧みな解説が添えられていても、それは現象をパターン認識する
際の類推反射によるものなので、編集者の心の中では真でも、実際に真
である保障は全くない。決して文章に心を奪われてはならない。

<その3:自分の価値基準を持ち込まない >
対立概念の範囲を自分の価値基準で判断してはいけない。
例えば、「短い丈 ←→ 長い丈」の調査を想定してみると、
85Cm丈のスカートを一年間着用した後に82Cm丈を見ると、それは
とても短く見える。しかし調べる側からは、長い丈に見えるかもしれない。
どちらが真であろうか。
当然、82Cm丈は「短い丈」へ分類されるべきである。
逆もしかりで、45Cm丈に慣れた後の48Cmは長く感じるのであり、
「長い丈」に分類されるべきである。
対立項の全てをこのように扱うべきで、見た目に惑わされてはならない。
そこで、慣れるまでは対立項を次のように考えることを勧めする。
「現状より丈が短くなる傾向」 ←→ 「現状より丈が長くなる傾向」

<その4:対象年齢を変えない > 
年齢層により周期に時差があるので、調査中の年齢層に変化が少なく、
他の年齢層で大きな変化が起っていても、目を奪われてはいけない。
価値観は、ランダムに飛び火することなく安定した方向性を持って変化を
続ける。たとえ変化が少なく見える場合でも、必ず微細な変化が連続して
起っている。その微細な変化から価値観の変遷を感じ取るべし。

<その5:部分だけを追う >
部分の変化を追っているうちに、全体のバランスを加味した見方に変わって
しまうことがある。調査を進めるうちに必ず陥る心境である。
他の要素が混込しないよう自己を制御しながら、一要素ごとにキッチリ分け
て調査(部分認識)するべきである。


過去に、社会現象を「正反合」と主張した人物がいた。しかし私は「正反」
の次は正と答える。更に次は反であり、発展の概念は持ち込まない。
社会現象は脳の運動の残像である。歴史から「現象」の周期律を抽出
しょうとすると、確かに「正反合」と目に映る場合が多い。
しかし、歴史から「価値観」の揺らぎを抽出しょうとする時、単純な
「正反」の繰り返しが観えるのである。



つづく

2次元工房

更新日: 2003/06/19 04:40

「 価値観の窓 」


脳は常に外部情報を収集し、環境へ最適化するよう自己を制御している。
しかし、通常は、状況に合わせたリアルタイム制御をしているわけではな
く、近過去の経験に付着している経験則から割り出した期待値をトレース
しているにすぎない。
つまり、状況への最適化制御を行うのではなく、期待値に対する制御を
行いながら自己を解析するのであり、結果は予測済みなのだ。
この確信による先行制御は、日常的事象には非常に効率的に作用する。

しかし、制御プログラムの完成度が高くなるにつれ、確信はより強固と
なり、予想外な事象への不得手な対応ぶりが益々強化されることとなる。
つまり、油断とか、危機意識の欠如と呼ばれる、漫然とした心境が常態化
されるのである。
だが、この漫然とした心境こそが、ファッションに関して重要なのである。
それは、予想外の事象に対して非常に敏感であり、それによって引き起こ
される微弱なパニックが、次の時代のファッション(流行)の幕開けを
検出するセンサーとなるからだ。

人が行動する時、潜在意識は次に起こるであろう状況を先取りし、脳内に
映像を用意する。その映像と実世界との比較検証を、人は無自覚に制御
されながら日常を体験している。
映像は、個の経験による価値観を基に作られ、個特有のバイアスの掛かっ
た視覚用フィルターとして機能する。

脳は、常にそのフィルターを通して外界を観察し、解析を行い、少しでも
価値観と一致しない情報が実世界に含まれる場合は、予想外の事象として
検出し、パニックを誘発させながら制御プログラム(関連の系)の切り
替えを行う。





「 見えない理を見る 」

全ての理解は出会いから始まる。出会いの瞬間は、常にパターン認識によ
る曖昧な理解である。
さらに部分認識へと進むには、その要素に対する関心が必要である。
理解の深さは関心の強さに比例している。つまり、ファッションに対する
関心が強ければ強い程、細部をよく理解するのである。

ファッション(流行)とは、嗜好の伝播であり、統計分布的拡大と縮小で
ある。拡大とは、「受入れ」であり、縮小とは「拒絶」を意味する。
一般的に、拡大のみがファッションと解釈される傾向があるが、拡大は
受入れる「かっこ良さ」の伝播であり、縮小は拒絶する「かっこ良さ」の
伝播なのである。つまり、拡大も縮小も同義なのであり、ファッション
とは「かっこ良さ」の伝播なのだ。

デザインとは、「選択肢を持つ要素」の集積である。そして流行とは、
それを細分化し、選択する行為である。
これでは何を言っているのかさっぱり分からないと思うので、例を上げ
て説明する。

婦人服の肩は、この20年の間に最も劇的な形状変化を遂げた、
デザインの一要素である。
大きくて厚いパットを入れた肩の魅力が一人歩きをし、全ての上衣へ
伝播し、世界中にパットの大増産を巻き起こした現象は記憶に新しい。
それは、従来のパットを少しづつ大きくすることから始まり、丸みを
強調した巨大な形状へと姿を変え、凄まじい過剰在庫を世界中に現して
沈静化した。
今それを見ると滑稽ですらあり、当時の「かっこ良さ」の面影は無い。
現在はパットを使用しないで、小さい肩を表現するのが主流であり、
この流れから様々なことが読み取れる。それを細分化してみると。

1・高い肩と低い肩
2・広い肩と狭い肩
3・丸い肩と直線的な肩

と、なり、肩は、「高いと低い」、「広いと狭い」、「丸と直線」の三つ
の対立する概念で構成され、各要素が自律して揺らいでいることを歴史は
教えてくれる。

対立概念は対立ゆえに「選択」を内包しており、選択は、時の流れに沿っ
て、時系列な「対立間の揺らぎ」と「揺らぎの規則性」を生み出す。
それは、「価値の揺らぎ」となり、やがて「選択」へと回帰してゆく。

以上の考察から、人がファッションを受け入れるとき、全体に魅力を感じ
て選択する訳ではなく、部分に魅力を感じて選択していることが分かる。
部分の魅力の衝撃が他の部分を見えなくする。つまり、魅力的な部分の
情報の受入れが優先され、他は従属的、あるいは盲目的となるのである。
脳は、全てを見ることができない。脳は、ある一面へ標準を合わせると
他の情報を重要視しない傾向を持っている。
このような脳の特質が、人に選択行動を起させ、流行を世に現すのである。

普段、人はこのような認識を難なく行っている。ファッションを見るとき、
部分の長短や高低を比較したり、直線と曲線の比率がどうした、こうした
、と細部まで観察などしない。そのため、「いちいちそんな細分化や選択
や、かっこ良さの抽出なんてやってないよ」、と思うかもしれない。
しかし、実はやっているのである。
ただ、潜在意識が自動的に行っているため、普段は気づかないだけなのだ。
つまり、流行の受け入れ、拒絶、無視、などの選択を行っているのは、
あなたではなく、あなたの中の、あなたの知らないあなたなのだ。

2次元工房

更新日: 2003/06/12 05:16

「 類推作用 」

脳は情報を受信すると、情報をひとかたまりの大雑把な印象として理解を
し、その後、徐々に細部へと関心を移行させて理解を深める傾向を持つ。
この傾向は視覚にて情報を受信する際に顕著であり、ファッション情報の
多くは、このパターン認識から部分認識への順で受信され記憶されている。

脳は情報を受信すると、記憶場所を決定するために、その情報の大雑把な
印象をキーワードとした「類似経験」の検索を行う。
これがパターン認識である。
その結果、呼び出された関連の系へ連結されている類似経験の経験則を
現状へ適用して、身体制御と心的安定を得る。
新着情報は、その関連の系へ連結されて記憶となり、その後、部分認識へ
と移行し、細部まで理解が深まることで固定概念へと昇華する。

記憶とは、関連付けの連鎖であるため、呼び出しの際に、関連の系に結び付
けられている関連項目を芋づる式に次々と呼び出して(思い出して)しまう
性質を持っている。
パターン認識によって引き起こされるこの性質(類推反射)は、予期せぬ
事象との出会いの瞬間に、次のような印象を導き出す必然性を含んでいる。

その事象はまるで 
・○○のようだ
・○○と似ている
・○○風だ
・○○調だ
・○○の復活

と、何かに似ているとか、何かに例えるなどの、「○○らしさ」の連想概念
を必ず付帯して関連の系が呼び出される。
新しいファッションが世に現れる時、マスメディアが必ずといってよいほど
○○年代や○○調の復活を表明するのは、パターン認識による類推反射から
生じる連想の残像によるものであり、その実態や信憑性はいつの世でも常に
ゼロなのである。


ファッションの要素において、形状や色柄素材などから衝撃を受け、
目を見ひらき、呼吸すら忘れて立ち止ることがある。
その時、少しの微笑みが顕れ「まるで○○のようだ!」、と新鮮さと
喜びを感じたら、その要素は次の時代を築く可能性を含んでいる。

ファッションの要素において、形状や色柄素材などから衝撃を受け、
目を見ひらき、呼吸すら忘れて立ち止ることがある。
その時、少しの嘲り笑いが顕れ「まるで○○のようだ!」、と不快・不潔・
拒絶・排除などの否定的な感情が込み上げたとしたら、その要素はあなたが
好むと好まざるとに関わることなく、次の時代を築く可能性を多く含んで
いる。
何故なら、次の時代を支配する要素の多くは、あなたが一時も休むことなく
築き上げている固定概念を、完全に否定する対立概念なのであり、その価値
観の違いの大きさが、あなたに強い不快の情念を起させるからだ。

デザインを生業とする者は、その時の印象と年月日をぜひ記録して欲しい。
そして、3年後・5年後・7年後・9年後に、その事象がもたらす印象の
変化の過程を追跡確認してもらいたい。

デザイン活動とは、脳の中で起こる反射であり心の運動である。服飾の
デザインは、芸術のように成功を未来へ先き送りできない切実さがある。
又、成功や失敗をただちに証明可能な、ありがたくも稀有な作業でもある。
これに関わる者は、常に自己の価値観の揺らぎを観察し、現実とのズレを
すみやかに修正できる素直で柔らかい意志を保ち、常にそれを記録(記憶)
する習慣が必要である。

つづく

2次元工房

更新日: 2003/06/05 03:29

「 期待と確信 」

記憶は反復経験によって作られる。個の集合体である社会秩序も反復経験
によって構築される。
一見対立しているように見える「個の性質」と「社会の秩序」は、経験に
基ずく後天的無条件反射(固定概念)で構成されている点では全く同質で
ある。
固定概念とは、変化を嫌う規律であり、過去、現在、未来を一様とみなす
指向性である。故に、潜在意識と社会秩序は、過去の延長上に未来がある
ことを期待し、確信し、それを前提に、個の行動を制御・抑制しようとす
る連続的な性質を必然的に内包する。

経験の集積として得られた固定概念とは、パブロフの、犬の実験からも分か
るように、条件と結果の因果が「確信」へと昇華した関連の系である。
そして、個は、関連の系の自働制御機能に身をゆだねることで、エネルギー
消費の軽減を実現し、効率的に制御・抑制されながら日常を体験している。

人は、この自動制御の助けがなければ、ひと時も生きることが出来ない。
意識的な自己制御を行わなくても、個や社会の活動が正常に機能できる
のは、潜在意識の「期待と確信」による「自働制御」に導かれているからな
のであり、寝てしまっても呼吸や心臓が止まらないのは、そのおかげなのだ。
そして、明確に意識することなく、歩いたり、物を掴んだりできるのも、や
はり潜在意識による自働制御のおかげなのである。

ほんの少しの段差につまづき転倒することがある。その多くは「床は平ら」
だと期待し、確信し、それに基づいた行動をすることから起こっている。
期待や確信を裏切る予想外の段差との出会いが、つまづきや転倒を誘発させ
るのであり、つまづきの真因は段差にあるのではなく、期待と確信にあるの
だ。
これは、対立する要素の出会いの瞬間であり、思考(関連の系)の切り替え
の瞬間である。
この対立するふたつの要素は、次のように言い換えることもできる。

・潜在意識と顕在意識
・日常と非日常
・関連と非関連
・連続と非連続
・連続と対立
・一様と非一様
・線形と非線形

表現方法は色々あるが、意味するところは「自働制御では対応しきれない
予想外な事象との出会い」なのである。

時に、驚くほど新鮮なファッションと出会うことがある。又、驚くほど不快
なファッションと出会うこともある。驚いたこの一瞬に脳内で何が起こって
いるのだろうか。
漫然とした日常での突発的な出会い。突然意識のスイッチが入ったかのよう
な軽い衝撃、その時顕れる微弱なパニック症状は何を意味するのだろうか。
当コラムの読者には、既にそれを理解できる能力が備わっているハズだ。


つづく (毎木曜日)

2次元工房

更新日: 2003/05/29 12:24

「 パニックの本質 」

パニックとは、主に経済や心理学で使われていた言葉であり、一般的に
使われるようになったのは近年(30年弱前)のことである。
辞書によると、「恐れあわてる・ろうばい・混乱」となっていて、表面的
な描写にとどまり、その本質には全く触れられていない。
映画やテレビなどの恐怖劇の影響により、八方塞がりで生命の危機的状況
を連想されることが多いが、本来はもっと広範な意味を持っている。

当コラムは、ファッションを中心とする社会現象を題材としているため、
生命の危機的衝撃ではなく、比較的軽微な衝撃を中心に扱うこととなる。
しかし、弱い衝撃も、強い衝撃も、脳内では全く同じ運動が起こっている
のであり、読者が解釈する意味付けと相違はあるのだろうが、あえて
「パニック」なる言葉を使用して話を進める。

予期せぬ事象に出会うと、脳は、身体の自働制御へ専従させていた神経
回線を、「情報収集」と「関連記憶の検索」へと貸し出しを行う。
身体の制御用神経を他の用途に使うのであるから、当然の結果として
身体制御機能は低下する。その見返りとして得た余分の神経回線を、情報
受信器官へ加勢させる。つまり、他の全てを犠牲にしてまでも情報の受信
を最優先させる。これがパニックの本質なのである。
その後に表層に顕れる平時とは異なる振るまいは、脳運動の反動による
筋繊維制御の衝突であり、それは社会現象にとって大きな意味を持たない。

パニックとは無関係ではあるが、無自覚に行われているこれらの状態を、
若干ではあるが顕在意識側からも操作が可能である。
音を注意深く聞こうとする時、多くの人は、呼吸を止め、又は浅くし、
目を閉じ、体の動きを止め、聞くことへ神経を集中させようとする。
これらの行為は、それを制御している神経回線を「聞く」行為へ積極的に
貸し出しているのである。

ファッション(社会現象)とは、突発的に発生し、短期間に拡大し、定着、
又は、消滅する行動様式である。
つまり、拡大から縮小への時系列な量的変化がその本質に内包されている。
一方、人の思考(固定概念)や全体秩序(社会規則)は、経験の反復に
より構築されているため、変化を好まず、安定を求める傾向を強く持つ。
故に潜在意識は、過去の経験則をもとに未来を予測し、過去の延長線上に
未来があることを期待、あるいは確信する

そして、個や全体秩序が所有する期待や確信を裏切る事象との突発的な
出会いが、パニックを引き起こすのであり、その衝撃を引き起こした要素
こそが、新たな社会現象を創出する可能性を持っている。


つづく (毎木曜日)

2次元工房

更新日: 2003/05/26 01:29

「 新鮮な驚き 」

予期せぬ出来事に出会うと、脳は、身体の自働制御へ専従させていた
神経回線を、「情報収集」と「関連記憶の検索」へと業務の切り替え
を行う。

その際に、身体制御の過剰な休止は無防備で危険な状態へとつながる
ため、一度に大量の回線を配分することはなく、その事態を理解可能
な必要量が獲得されるまで、少量を段階的に補充してゆく。
衝撃の大きな事象に対峙すると、何度も驚きの声を発し、段階的に
より積極的に大きく目を見開こうとするのは、この為なのである。

慣性的ではない緊張したこの状態は、関連性の検索が終了するまで
続き、関連性の結合と同時に通常態勢へと瞬時に戻される。
そして、通常態勢へ戻る際の急激な緊張の開放は反動として過激な
弛緩を作り出し、結果として微笑みや涙を発現させることとなる。
 
生命の危機を予感させる程の強い衝撃の場合は、身体全ての脱力が起
こることもある。そう、腰が抜けるのだ。この現象は、身体制御より
情報収集を優先するあまりに起こるのであり、その反動としての過剰
弛緩が表層に現れたものである。

新鮮で積極的に受け入れたい事象や、不快で積極的に拒否したい事象
との出会いには、常に以上のような脳の運動が伴うのであり、その
本質は「関連の系の切り替え」なのである。

この一連の脳運動は心理学用語でパニック(恐慌)と呼ばれ、人は
この状態にある時、無自覚に唯ひたすら情報を受け入れるしかない。

そしてパニックから脱する際には、必ず一瞬の微笑が顕れる。過激な
弛緩がゆるやかに解消する中で、事態に対処しようと懸命に努力でき
るのは常にその後なのだ。

もうお分かりだろうか。以前に次のように述べたことを思い出して欲しい。
ファッションアイテムにおいて、形状や色柄素材などから新鮮な驚きの
衝撃を受け、目を見ひらき、呼吸すら忘れて身じろぎもできずに魅入っ
た経験は誰にでもあるハズだ、と。
これはパニック症状そのものであり、それ以外のなにものでもない。

つづく (次回より毎木曜日)

2次元工房

更新日: 2003/05/18 13:31

「 潜在意識と顕在意識 」

反復経験により構築した関連の連鎖は、固定概念として後天的無条件反射
へ転化することは既に述べた。
人間の行動の全ては、脳の先行予測により呼び出された後天的無条件反射
回路の影響を強く受けることも述べた。
 
後天的無条件反射とは、顕在意識で構築された情報処理手順を、潜在意識
へ送り込んだ自動化プログラムであり、その目的は省エネと処理速度の
向上にある。
つまり、日常的行動の制御は潜在意識へ任せ、顕在意識は、経験の少ない
事象への対応を担当させることで、顕在意識の負荷の軽減と省エネを実現
している。

これは、連続的事象への対処は潜在意識が、非連続的事象の対処は顕在
意識が受け持っていることを意味する。

予想外の出来事に遭遇すると、脳は、潜在意識による慣性的な自動運転
を止め、顕在意識に判断を委ねることを決定する。
その一瞬、顕在意識は、その事態を把握するため、最優先事項として
積極的に情報を受け入れ、記憶内から近似例の検索を開始する。

近似例が見つかった場合は、その経験則に従った行動をトレースし、
見つからなかった場合は、少しでも関連のありそうな記憶へ強引に
関連性を結びつけ、その経験則に従って行動しようとする。

思考や行動が一瞬止まったように感じるのは、回路の切り替えと近似例の
検索が最優先され、他の情報処理は後回しとなるからなのだ。
そして、近似例の検出と同時に回路の切り替えは完了し、その瞬間、人は
微笑みを発露する。
その情報の善悪や衝撃の大小を問わず、情報と「関連の連鎖」の関連付
けに成功した瞬間に、必ず一瞬の微笑みを顕す。事態に対処できるのは
常に、その後なのである。

つづく

2次元工房

更新日: 2003/05/13 14:16

「 連続と非連続 」

連続的な事象との出会いは、平静、無関心、安心感、無警戒など、リラックス
状態を引き起こす。
一方、非連続的な事象との出会いは、神経の極度の集中、まばたき回数の減少、
呼吸深度や呼吸回数の減少、唇を制御する筋肉の弛緩を伴い、驚き、強い関心、
不安、警戒など、緊張した状態を引き起こす。

人間の行動の全ては、脳の先行予測により作られた期待値へのトレースである。
期待値とは、経験則であり、確信であり、固定概念であり、後天的無条件反射
なのだ。それは、反復経験により強固に構築された関連付けの連鎖なのである。
つまり人間の行動の全ては、「近過去」に構築された関連付けの延長線上に
方向付けられ、関連付けの連続性を保持することに常に固執しているのである。

故に、関連付けの連鎖の範囲に収まりきらない非連続的な事象との出会いは、
身体機能の一部の一時的な機能不全(凝固)と、その情報への強い関心と、驚き
の情念とを誘発するのである。

これはファッションと無関係な話ではない。ファッションアイテムにおいて、
形状や色柄素材などから新鮮な驚きの衝撃を受け、目を見ひらき、呼吸を
忘れて身じろぎも出来ずに魅入った経験は誰にでもあるハズだ。
驚きの情念を発するからには、脳は明らかに、慣れ親しんだ要素とは違う要素
を感じ取っているのであり、この情報の全面的受け入れは本人の自覚できない
部分で進行しており、訳もわからず呆然と受け入れるしかないのである。
この現象は重要である。ここに、社会現象の全てを解く鍵が隠されている。
ここに、社会現象発生に関与する脳の重大なメカニズムが潜んでいるのだ。

そして、衝撃を与えた要素は、連続的なテーマであるはずはなく、非連続的
テーマなのであり、「近過去」に構築された経験則の延長を否定する対立的
要素なのだ。

この対立的要素は、「近過去」に構築された関連の連鎖(固定概念)を否定し、
別項目の関連付け(新しい固定概念)の構築を促し、「近未来」を築く種子と
なるのだ。

つづく

2次元工房

更新日: 2003/05/12 02:26

「 平安と衝撃 」

脳は常に、外界と自己との関係情報を取得し、次に起こるであろう事象予測
を行い、それを期待値として行動パターンを決定している。
つまり脳は、過去の延長線上へ未来を期待する傾向を持っている。
故に、期待を裏切る事象との出会いは、情報処理回路の切り替えや、記憶位置
選定のため、平時の情報処理を上回る処理時間を必要とする。
 
未経験の事象と遭遇すると、驚きの情念を発し、思考が一時停止するように
感じられるのは、予測が外れた衝撃と、その対策への手間取りが因である。

<ワンポイント・アドバイス>
文脈に慣れてきたと思うので、これ以降、「事象」の部分を、あなたの関心事
と関連する言葉に置き換えることをお勧めする。
ファッションに関係している読者は、これ以降、「事象」を、「ファッション」
や「流行」や「おしゃれ」や「衣類」と置き換えてOKなのだ。
何でも好きな言葉をあてはめて頂きたい。

つづく

2次元工房

更新日: 2003/05/10 02:17

(8) 「 パターン認識と部分認識 」

人間は、言葉をひとかたまりの音声として聞き取り、反復経験により、
注入されている情報との関連性を理解する。
初期の段階では、ひとかたまりの音声として聞こえているだけで意味は
わかっていない。
しかし同じ状況を反復経験することにより、その状況の細部まで理解できる
ようになる。
このように、脳が情報を受信する際は、全体をひとかたまりでアバウトに
記憶した後に、徐々に細部情報へ関心を向け、類推・理解・記憶する傾向を
持つ。
このような脳運動の法則性は、言葉にかぎらず全ての情報受信処理に適用
されている。
そして、この法則性は個の脳だけではなく、全体秩序の支配的概念にも適用
されている。

つづく

2次元工房

更新日: 2003/05/07 23:38

(7) 「 個性 」

記憶は経験によってのみ作られる。それは脳内の記憶と、経験から得られる
情報との関連付けによって形成される。そして、情報の重要度や反復の頻度
により強度を変化させる。

反復による記憶形成の過程では、脳内の記憶と、経験から得られる情報との
関連付けの修正が頻繁に行われ、記憶は微調整されながら、より強固な関連
付けが構築されてゆく。
そして関連付けの修正が限りなくゼロに近づいた時点で、後天的無条件反射
へと昇華される。それは、ひと時も休むことなく無自覚に進行する。
そして、後天的無条件反射が完成するや、それは「個」特有の固定概念
として機能を開始する。個性の発芽である。、
個性とは、「個」特有の固定概念であり、個特有の関連の連鎖なのだ。

つづく

2次元工房

更新日: 2003/05/07 02:19

(6) 「 関連付け 」

言葉とは、事象の近似印象を記号化したものであり、文字とは、言葉をさらに
記号化したものである。
感情や事象印象を注入された音声を繰り返し聞いていると、音声と、それに
含まれる情報との間に関連性を感じ取れるようになる。
これは、パブロフの犬を使った「反復経験による情報の関連付け記憶」
の検証で、誰もが知るところである。
しかし言葉を操る人間の脳内では、「条件反射」だけでは説明のつかない反射
が引き起こされている。

梅干を食べると唾液量が増加する。これを経験をした脳は、「梅干」と聞く
だけでも唾液量の増加をうながす。これは「条件反射」である。

次に、何のイメージも湧き上がらないように注意深く脳を制御しながら、
「う・め・ぼ・し」と4個のヒラガナを想像してほしい。
このテストでは、誰もが若干量の唾液の増加を確認できるハズである。
これは、条件を必要とせずに起こる現象のため、条件反射とは呼べない。

このテストから、言葉とは、条件反射が時間経過の後に無条件反射へ転化した、
「後天的無条件反射」を誘発する因子だと定義できる。
そして言葉は、脳への情報書き込み(記憶)や引き出し(思い出し)の重要な
鍵となっていることが分かる。

つづく

2次元工房

更新日: 2003/05/03 02:03

(5) 「 情報を定義する 」

人間にとって情報とは、五感で感知しうる全てを指すが、社会現象にとって、
「言葉」と「画像」が、最も影響力ある情報伝達手段として機能している。
人間が他の生命体より高度な文明を獲得できたのは、事象の記号化に成功した
からであり、それにより、時間と空間に束縛されずに事象に良く似た印象を
他へ伝達可能となったからである。
このことは重要である。事象の記号化は、印象の保存(記憶)と再利用
(思い出し)の効率を飛躍的に上げ、印象の伝達を時間と空間の呪縛から
開放する事へとつなげた。

つまり、事象の記号化なくして秩序や価値観の伝播は発現できないのであり、
人間は「記憶」や「思い出し」すらままならないのだ。
そこで、社会現象にとっての情報とは、「記号化が可能な事象の全て」
と定義できる。

学校で情報関係を学ばれた方から、情報理論を語るには多くの専門用語や
複雑な概念が必要である、との突っ込みを受けそうだが、今は話を進め
たいので突っ込みは全てを読んだ後にして欲しい。

つづく

2次元工房

更新日: 2003/05/02 12:59

(4) 「 社会現象を定義する 」

全体秩序は「常識」や「世間体」などの概念を利用して、個の選択が全体秩序
から逸脱しないよう常に個へ干渉している。
しかし、個も、自由にゆらいで選択を行使することにより全体秩序へ影響を
与えている。
この相互干渉により、全体秩序も個も、立ち止まることは許されず、時間と
共に姿(ルールや選択の価値尺度)を変え続ける宿命を持つ。
そして、この捕らえどころの無い、柔らかい構造が社会現象の本質なのだ。

2次元工房

更新日: 2003/05/02 00:51

yonhaさん、応援ありがとうございます。
読むのが面倒くさいコーナーですけど、お付き合い願います。


(3)「 個と全体 」

「全体」は、「自由な個」で形成されるが、それは単なる自由な個の寄せ集め
ではなく、個や全体を規制・統率する秩序(ルール)を共有する共同体として
個から切り離され自発的に機能する。
つまり、個の集合体とは、全体であり、秩序(ルール)であり、非自由なのだ。

服飾に関して、個と全体は、どちらかが一方的に決定してしまうような
支配的な構造は全ての階層において存在していない。
個から全体秩序へ、全体秩序から個へと、相互に干渉しあう情報の
フィードバックがネットワークしているだけである。

yonha

更新日: 2003/05/01 06:38

great!!
待ちました!
トコドン破壊してください。
固定観念からの脱皮。
それから発生するモノの新鮮さを。。
求めます。

2次元工房

更新日: 2003/05/01 05:26

(2)「 自由とと非自由 」

前節で、社会現象とは趣向性の一様化に誘発される行動だと定義した。
しかし、この定義が成立するためには、行動を許す自由な環境が必要なの
であり、自由なくして社会現象に多様性は発現しない。
では自由とは何か。
それは、思い通りに行動できる状態である。では思い通りとは何か。
それは、選択を行使可能な状態である。つまり自由とは選択を意味する。
個が様々な要素へ選択を行使すると、それは個性として誰の目にも明らか
となる。
人間は一人の時が最も自由度が高い。だが社会と共存しようと決心するや、
その自由の前に、社会の持つ固有のルールが立ちはだかる事となる。
その集団秩序を受け入れるには、自由の一部を自己規制する覚悟が必要
であり、個は、常に「自由」と「非自由」の二極間を揺らぎながら選択し、
行動する事を強要される。
個が集団秩序に沿わない行為を選択した場合は、必ず破壊的結果を招き
心的不安を味わう事となる。
幾度となく破壊的結果を経験するにしたがい、ルール重視の心的状態が
強化され、時の経過とともに集団秩序へ深く解け込んで行く。
しかし、個には自由を犠牲にしているとの自覚はほとんど無く、自主的に
集団秩序へ同調するのが常である。
そして、対立する二極の選択と同調の過程が全ての社会現象の種子となる。
このような、協力的な同調を、以後、同期(シンクロ)と呼ぶ。

つづく

コメントを書き込むにはログインしてください

ログイン


最新情報をSNSでも配信中♪

twitter

このサイトに掲載された作品に関して、その作品の作者以外の方は写真やデザインを複製して販売したり、商用利用はしないでください。
個人の趣味の範囲でお楽しみいただくようお願いします。

Copyright © 2008-2026 Atelier, Inc. All Rights Reserved.