旧コミュニティ
生きた服を・・・
ゾノ
更新日: 2004/03/17
昔から思っていることなんだけど、生きた服を作っていきたい。
最近は、売れる服・流行の服というものが溢れすぎて、本当にいいなと思える服にめぐり逢うことが難しくなっている。
生産社会にも疑念を抱く。
もっともっと服という物を大事に、そして、生きた服を生み出していきたく思う。
ミナナ
更新日: 2004/03/22 02:49
あの、お話続けてくださいね(汗。
ミナナ
更新日: 2004/03/22 00:19
おはようございますーー。
産まれて間もなく着せられる服。
人それぞれ、今までの環境の中で「服」っていうものがどんな存在だったかって、100人いれば100人違うでしょう?答えなんてないし、見つからないんじゃないかしら。
みんなが、それぞれ良いと思うものを着ればよいし、作れば良いのですよ。それが個性でしょ?
ってことで、私は私らしい服つくろうと学んでいくつもり!さらば!
NGC224
更新日: 2004/03/21 18:17
あれ。まちがえたかな。憧れちゃうことばだから。
一度言ってみたかった。
職業と言うか。生業にしていく、のが前提だと。
ここがまちがてました。
誰にでも思い付くでない、ひらめき、思いつきをどんどん、毎日、続けざまに。休みなく、いつでも。
まちがえなく、つくる。仕事としても、無理だよね。
職業なら。
訓練でこなす技術を身につけるわけです。
で、高等技術にたよる人がだんだんと多くなる。いそがしいし。すると
似た、どっかで見た。あれ、そのままじゃん。がどんどんでてくる。
いやだなー、するとがらっとデザイン画がかわって。
海外の若い契約デザイナーが書いたものみせられて。
これをもとに細部をつめて、指示されるのだけど。
いいなー。いけてる、あー、なんだこの差は。
百戦錬磨、向かうところ敵なし(よいしょ。)のデザイナーさん。より明かにいい。
アイデアつぶしても、おこられないからね。
なんとかこなしてますが。自信ない。
大きく商売につながらないのは、デザインに製造技術が追い付かないから。
いまやっている仕事すべてが、ぜんぶぬるま湯だったら。
ぬるまゆにつかってる。そんな恐怖があるからです。
ポチョムキン
更新日: 2004/03/21 17:23
服の話じゃなくて恐縮ですが。
映画の神様に愛されたひと、っていう言い方、あれホントなんですよ。
たまったま「もう、今日で最後のロケ撮だ!!」ってとき。冬のシーンの撮影なのに押しまくっていて、もう4月……なのにいざ、シュートの時間になったら、
「うわ、雪だ!!」
で、出来上がってしまった美しい雪景色の中でのラストシーン。
ロケーションはそこそこ。製作スタッフのチームワークもいい感じ、……でも、なんとなくマンネリ気味。。。そんな時。「じゃー、テストいってみよっかー」の監督の聲に、全員が集中した瞬間、「悪くないはずなんだけど……なんか足んないなあ」というみんなの心の聲が届いてしまったのか、カメラフレームが捉える人物の足元に、どこからともなくするりと「ネコだ!?」勿論このとき、スタッフも役者も全員、合図なんか無しで「本番」モードにスイッチしてます。
いつもいつもこんなことがあるわけじゃないです。
いつもいつもこれで映画が出来ちゃうわけじゃないです。
でも、これ一回経験すると、その後、変わるんです。
其処にいた人たちの、何かが。
「才能開花」のきっかけが、これ、っていうひとも、います。勿論、「きっかけ」ですよ。
「やれば出来る」ひとだって、「やらなきゃ出来ない」
これは、服を作るひとも、
服を着るひとも、
同じだと……思うんですが。
想いのカタチはそれぞれでも、いいものが創れれば
素直に喜ぶ。
いいものを見つけたら、素直に「よいね!」ってこころが踊る。
門外漢の、戯言でした。
ポチョムキン 拝
leoxy
更新日: 2004/03/21 15:32
「才能」って、負け組みが使う言い訳だね。
「才能がないから駄目だ。」ってね。
「はい、ご苦労様。」って言いたくなるわ。←やな奴(笑)
「発想」とか、「ひらめき」「思いつき」なんて、誰にでもある。
本来は、それを形にするのが「才能」でしょ。
ってことは、そこに費やす時間とか、情報収集とかね。一人じゃ、何にも出来ないし。いろんなもん(人も含めて)が関わってくる。やってりゃ、成長するだろっ。嫌なことも必要なら取り入れるべき。それを嫌なこと。役に立たないことに変えてしまうのも自分だし。ってね。無駄なことはないのだよ。
やんなきゃ出来ないよね。
よく「〜だから、出来ない。」って言い訳言う人いるけど、それって、何かしら出来ない理由付けしたいだけよね。そのタイプは何やっても理由つけるのね。
逆に言えば、あきらめずにやってれば、出来る。少なくとも、まだまだへたれの私は、そう信じてる。
何でもありだと思うよ。自分がそれを信じていれば。
たまに、弱気になって忘れちゃうけどね。
ちょっぴり、攻撃的な発言でごめんなさい。
wing berry
更新日: 2004/03/21 15:26
皆々様、ふたたびこんばんは。
ここにいる皆様の夢?向かいたい方向は同じだと思います。
それが実現したら世の中・・・というか、日本のアパレルはどうなっちゃうんだろう?
服が買えなくなる人沢山出てきそう・・・
私の友人。
アパレル業界としたらとてもいいお客さん。
数年前「パシュミナ買いにいかなくちゃっっ!!」
去年「今年は白いコート買うぞ!!」
毎シーズン「今シーズンは何色が流行り?」
この市場も残っていくのでしょうね。
不況のおかげの分かれ道。
私は行く道決めています。
でも食べていかなくちゃいけない。
その為に努力する。
好きだから楽しい。
道は終わりは無いし、次々に分かれ道出てくるでしょう。
間違えないように・・・日々精進ですね〜
NGC224
更新日: 2004/03/21 15:17
いいじゃない。
なんとなくわかってきた。
ただの服つくるのに、特別な才能いらない。そうだ。
でも、特別な服つくりたいのでしょう?
才能だけでは、だけどそれがいるのよ。ほしいなー。
うーん、最も重要な才能、若いということです。
解らないよね。
努力も、知識も、技術も、必要とはかぎりません。
ないよりまし程度、実情はもっときびしい。
なんかもっと楽にいけなかなーと感じるわけです。
どっちにころんでも、厳しいのにかわりないしさ。
楽しく行きたい。
ゾノ
更新日: 2004/03/21 14:38
やりたいことだけやっても、好きなことだけやっても、何も生まれてこない。
「しなければならない」と使ったのもそういう意味。
服は人間だけのもの。
だから服を知るにはもっと人間のことも知らなければいけない。
身体のつくりなどはもちろんのこと、感情面なども。
好きだけじゃ何も始まらない。
でも、好きじゃないと何もできないヨン。
ゾノ
更新日: 2004/03/21 14:31
服を作るにあたっての「才能」などというものは何も意味は成さない。
生まれ持っての感性というものは、人それぞれ持っていて、その感性を多いに現せることのできる人は数少ない。
知識を得、経験をし、感覚を伸ばすことによって、感性が生きてくるもの。
「才能」とくに「持って生まれた才能」なんてものは、たとえあったとしても何も意味は成さないよん。
NGC224
更新日: 2004/03/21 14:21
自分で書いておきながら、あまりの軟弱ぶりにあきれてます。
なんでもありでいいじやない、なんかいいとこがあれば。
理由なんていらない、すきかどうかが全て。
古いなー化石だね。
NGC224
更新日: 2004/03/21 14:08
丸悦郎さん、それ格言でないです。歌をうたうひとの口癖です。
みなみはるお、演歌です。
多分、服というものなんで、複製というか多数存在しうるわけです。人間でないから。
着るひとがたくさんいて。評価もたくさんあるわけです。
幸福も、不幸もそれぞれです。
提案です。
可能性を提案しているわけで。答えを提示しているのでないのです。
これを許すなでなく、なんでもあり、だけどだまさないでください。その程度レベルでよいと感じました。
なんでもありでいいじゃない。なんかいいとこあれば。
という軟弱な発想なんです。
wing berry
更新日: 2004/03/21 13:39
皆さん、こんばんは!
昨日、NGC224さんの発言を読ませていただいて、今までの発言からなんでもストレートに発言される方だと思っておりましたので、「答え」というお言葉にも嘘はないな・・・と、NGC224さんと、この段階では同じ意見なのだわっ!・・・で、他の方はどうなんでしょう?と思っておりました。
ゾノさんのおっしゃる、「別に誰が作ったか、そして作り手の顔が浮かんでくるだとかはたいして必要だとは思わない。 」
これは、同意見ですね。
私は、これは良いことなのか正す事なのかこれまた沢山の意見があるでしょうが、ブランド名にはメチャクチャうといです・・。
というか、あまり興味ないのです。
どのブランドでも、だれが作っていても素敵な服は素敵。
いまいちな服はいまいち・・・
素敵な服を見つけたときは、なんてブランドかな?と見てみますけど。
あと、その他の知識、服作りの為に必要な知識は好きだからこそ、「しなければならない」という言葉は使わずとも、自然と勉強しているというのが理想ですね。
私はデザインの方は若干苦痛を感じてしまいます。シルエット云々の話は好きなのですが・・・・。
丸悦郎
更新日: 2004/03/21 13:29
ちょっとまて?
「お客様は神様です」という格言が・・・。
丸悦郎
更新日: 2004/03/21 13:20
あのね。
「生きてる服」か「そうでない服」かは、
着た人が「生きてる服だ!」と思えば生きてるし、
着た人が「生きてない服だ!」と思ったら生きてないのでしょう。
創った側の意図は伝わらなくても、着た人が「この服着て幸せだ」と思ったら、それは「生きてる服」です。
どんなにがんばって、「生きた服」を創ったつもりでも、着た人が「あんまり幸せじゃない。」と思えばそれは生きてる服ではない。
「生きた服」
つくるがわはきめつけちゃだめ。
きるひとがきめること。
私は神様には愛されてないだろうし、愛されたくないです。
何でも出来ちゃう神様より、何にも出来ない非力な弱い存在である「人間」に愛されたいと思うから。
宗教の争いって醜いしね。
ポチョムキン
更新日: 2004/03/21 05:38
神様に愛された人が作る服と、
服を愛する人が作る人に愛される服。
人を愛して、作られた服。
様々なかたち。
それが見えるっていうだけで、「素敵」かもしれない。
「無敵」じゃなくても。
……ね?
ポチョムキン 拝
NGC224
更新日: 2004/03/21 05:29
やっぱ、着る人考えるんだ。着方まで指図するんだ。
つまり作り手は一つ一つ成長します。服はつくられると、成長しません。
着る人が解らない、レトリックを使うんだ。
ある日、あれー、ここなんだて、気がついて、着方
が変わる。
それで、完成したものが。ポッと出てきた。
シンプルで、簡便な才能豊かな良いものに、負けるわけです。やってみれば解ります。
明らかに欠点だらけ、でも、それを補っても、余りある、才能あふれる服に、打ちのめされる。
きのうテレビで初めて、モナリザが加筆を加えつづけた作品だとしりました。つまり肖像画ではない。
ダビンチの宝物なんですね。
やっぱ、ゾノさんの生きた洋服より、なにもわからず、神様に愛されたひとの、才能だけの服がいい
はじめにもどりましたね。
leoxy
更新日: 2004/03/21 05:09
おおおおお!レオナルドさまっ!
歴史上で私が一番尊敬(って言葉じゃ足りないっ!!)する人だあ!!彼ほどかっこいい人はいないぞ!
ポチョムキン
更新日: 2004/03/21 04:50
細分化の概念から解放される技術を獲得しましょう。
全ては全てでひとつでもあり、すべてで全てでもありますから。
目医者が盲腸切れない時代です……
ポチョムキン 拝
ゾノ
更新日: 2004/03/21 03:39
↑修正
2行 生きた服はとは→生きた服とは
ゾノ
更新日: 2004/03/21 03:37
生きた服とは、人それぞれ捉えかたは違うと思う。
生きた服はとは着る人と一体になる服。
だから、別に誰が作ったか、そして作り手の顔が浮かんでくるだとかはたいして必要だとは思わない。
というよりは、そういう主張しすぎる服は決して生きた服だとは思わない。
だから、生きた服とは作れないのだと思う。
作るものではなく、着続けることで生きた服になっていくのだと思う。
それに、服のこと真剣に想っているのであれば、好きだけではいけないと思う。
好きだという気持ちは大事だけれど、そのために服以外のことももっともっと知識を深めなければ。そうすることでより服についてもより理解を深め、想いも深まるものだと思う。
ダ・ヴィンチのように、ひとつのことを追求するならば、そのために数え切れないほどの知識が必要だと思う。
特に服のことが好きならば、人体についてもっともっともっと詳しく研究しなければならないと思う。
あくまで独り言。
ポチョムキン
更新日: 2004/03/21 02:21
素敵にまとまりましたね、みなさん。
ポチョムキン 拝
NGC224
更新日: 2004/03/20 14:03
わ、やった。
答えですね。
理由なんて、どうでもて良い。服がすきかどうかが全て。
自分の望む仕事ができるかどうか。勤めた会社や、与えられた環境。思うようんならないことがあるはず。
そんな時。生かすも殺すも、それに関わる人の思いだと思います。
だから、できるだけ。多くのひとにこのことを理解してほしい。
生きた服は、つくりてだけでなく、関わる人全ての問題に行き着くわけで。
どれだけ多くの服が好きな人たちがかかわるかで、決まる。
いい時期なんですが。どうやっても、儲からないと、欲の深い方が退場して、好きな人が残るから。
実現するかも。
wing berry
更新日: 2004/03/20 07:27
こんにちは。
leoxyさん、
>生地はもともと、「生きる地」と書くから、やっぱ洋服も生き物でしょう。愛情込めないと、いい子に育たないよねっ。
↑これ、いい言葉ですね。頂いていいですか?(笑)
とにかく、最近の学生は自分の作った服、大切にしないんです。
作っている途中でも くちゃくちゃっっとたたんで、かばんにポイッッって持って帰るし・・・・。
自分も買った服、もっと愛情持たないと・・・と思う事ありますけど。
leoxyさんの言葉、伝えたら少しは思いが変わるかも・・・
服に関して、言葉で表現しようとすると難しくて何がなんだか分からなくなってしまうのかも。
理由なんて分からなくて良くて、「服が好き」でいいのかも知れないですね。
leoxy
更新日: 2004/03/20 04:39
見てくれたのですね。ありがとう。
でしょ。なんか、こお、熱くなりますよね。
私も、悶々とし始めてたのですが、「そうじゃん。ファッションって、服=服だから、それ以上になる必要ないじゃん。それ以下でもないんだから。もともと素敵なものじゃん」って思ったんですよ〜。
こないだ、デザイナーの子が「かっこいい人って、何着ててもかっこいいじゃないですか。服の意味がわかんなくなっちゃって。」と、言っていて、昔考えたな〜とか、思っちゃいました。でも、かっこいい奴もなんか着てるじゃねーかっ。ってね。人生のスタイルに合ったものを着てるから、よりかっこいいと思うのですよ。
いやしかし、バレットさまの、ゆる〜い感じでのあつさ。かっこいいわあ。
生地はもともと、「生きる地」と書くから、やっぱ洋服も生き物でしょう。愛情込めないと、いい子に育たないよねっ。
wing berry
更新日: 2004/03/19 14:32
皆様、こんばんは!
leoxyさん、ニールのコメント見てみました。
いい服見に行こう、着にいこう!って思いました。(笑)
仕事にパッションを持つって言うのが心に響きましたね。
パッションを持てる仕事が出来ると言うのも本当に幸せだと思います。
最近、悶々としていた気持ちが少し晴れました。
とにかく、良いもの作りたかったら良いもの見なくちゃ、着なくちゃ・・・・。
そんなに高給取りじゃないから後は手作りですね。(笑)
でも、それって一番勉強になるし。
私も頑張ります!!
leoxy
更新日: 2004/03/19 12:23
お邪魔します。
ゾノさんっ。始めましてっ。「生きた服」しびれる言葉ですね〜。
リンクのとこの、ミラノから、ニール・バレット様が、これまたしびれる台詞を語ってますので、よかったら、見てください。モチベーションにてるかも。
以下、抜粋
「僕はきる人をよりよく見せるために服を作る。(中略)僕は体の線を綺麗に見せる服、着心地がいい服を作る。だから何度も着たくなるし、ワンシーズンだけでなく長く着られるんだ。
ファッションデザインで一番重要なポイントは着る人に自身を与えることだと思う。その人の個性と可能性を引き出す服、おどおどした風に見せない服。そういう服で自分を表現すれば、毎日をもっとエンジョイできるようになると思うんだ。」
素敵ですよね〜。こうしてるんだ!!って言えちゃうのは、感性はあたりまえだが、それが出来る技術も、人間関係ももってるってことですよね。
私も、愉快な仲間たちと共に、その域近づけるよう、日々修行だ!新たな仲間に出会えることも、これまた楽しみです。
話題からちょいと脱線でごめんなさい。
http://avensis.msn.co.jp/
こっこ
更新日: 2004/03/19 11:05
ミナナさんに同感。私も営業歴ありですが、男性の背広より選択肢が多いので、迷いつつ一生懸命、仕事服選んでましたね。(ひじょうに楽しかったですが)
ミナナ
更新日: 2004/03/19 03:20
服が好きな人は生地が好き。ということで営業歴のあるミナナです。
相手が、あなたが営業だったかたら決めたのよ。
なんて一言言えば、その人、その人の着ている服、その人の会社をひっくるめて「受け入れた」ということで、より自分が引き立つ・・相手に失礼にあたらない魅力的な服があるといいな。。と常々思いますね〜。
NGC224
更新日: 2004/03/19 02:55
営業はスーツをみせたりしません。自分をみせます。
自分を買ってもらうのです。
スーツを着てますが。裸と同じなのです。
私のお腹の中、黒くないです。
会社規定で、平服着用。となります。
平服です。
丸悦郎
更新日: 2004/03/19 02:21
happyさん、そうなんですか!
あの服はユニフォームなんですね。
あ、でもでも・・・。20人のビジネススーツ姿の男性サラリーマンが20社の各営業さんだとして、相手方は後になって「この人はここの会社の営業さんだった」ってどれ位判別が付くのかな・・・。
すみません。よほどインパクトが有る魅力的な話をされない限り、判別不能に陥りそうです・・・。20人全て同じに見えるから。
happy
更新日: 2004/03/19 01:16
丸悦郎様
ビジネススーツはユニフォームですからあれで良いのです。
取り引きや営業にでれば、自分の会社の代表、
もしくは会社の顔として他の会社の方とお合するのです。
確かに、みなさん疲れていますね。スーツも疲れていますね。
丸悦郎
更新日: 2004/03/18 22:54
ちなみに男性のサラリーマンのビジネススーツのデザインの差はもっとわかんない。
山手線に乗ってるサラリーマン。みんな同じ服に見えるデザインのスーツ着て、同じ不機嫌そうな顔ですよ。ニコニコなんてしてません。つらそうだな、かわいそうだな。と思います。
丸悦郎
更新日: 2004/03/18 22:45
とも224せんせい!
同じデザインの服10着なんてまだまだいいほうです!
悦郎はリクルートスーツのデザインの差、余りにもわかりにくすぎて、「おんなじようなデザインの服だな。これじゃ企業側にも自分を印象付けられないかも知れない」って思ったの。
自分を売りに行くんだよ。
「その他大勢」になりそうな服で、皆、相手側に自分を印象付けることができるなんて、すごいと思う。
よほど自分のプレゼンが上手いんだね。
自信、満々なんだね。うらやましいな。
私は周りの人と違う服だと「私らしさ」が相手に伝わりやすいかなって、思うけど。
それからそれから。S・Lサイズの服を探す人は、自分の年齢層をターゲットにした売り場だけでは選択肢自体が少ないので、40代以上のミセス年齢の人でもヤング向けのS・Lサイズ売り場で選んでいます。
新宿の高島屋でよく見かけるんです。Mサイズの人はそうでもないみたい。
私は売られている服を見て流行を探ることは余りしません。実際に買っている人の心の動きを探る方が、ずっと面白いからね。
wing berry
更新日: 2004/03/18 15:09
皆々様、こんばんは。
私はファッションデザインの方は弱いのでこれは、いち消費者の発言になるかと思いますが・・・
本当に昔はお店に行くとドキドキする洋服がありました。まさに「一目ぼれ!」って感じの。
今もその感覚を求めてお店に行くのですが、ドキドキ出来るのは一部のお店、ブランドになってしまいました。
(洋服の事を知るようになって、縫製とか、素材とかでドキドキする事を除けば本当に少ない!)
それも、そういったお店は百貨店ではどんどん奥に追いやられて?しまっているし、なくなったりもしますね・・・。
先日、「かわい〜〜」と惚れたニットがあったのですが、そのお店はミセスのお店。ちょっぴりシルエットが心配になって、ヤングゾーンのお店の方も見に行ったのですが、悲しくなるくらい同じ洋服が違うブランド店舗で売られてる・・・。
結果、そのニットを購入しました。(余計な心配だったようで、なかなか好評だったのですが。)
最近の既製服に対する不満はみなさんもお持ちのようですが、ミセスはまだ辛うじてデザイン的に凝った部分あるかも。と思ったのでした。
同じ服が10着とか並んでいる量販店いくつかありますよね。
私は市場調査でたま〜に行くのですが、これ、本当に涙が出てきます。
まだ、ジャスコやライフの方が面白かったりする。かも(笑)
UPーUP
更新日: 2004/03/18 12:55
俺は服着てくれる人が服着てる時間を思い出とかハッピーな時間になって貰えれば理由はどうであれいいんじゃないかと思うなぁ〜。
ミナナ
更新日: 2004/03/18 11:21
「作り手の顔が見えてきそうな服」ってhappyさんのコメント、うなずきますーー。
こっこ
更新日: 2004/03/18 04:30
服はその昔、「買うもの」でなく「作るもの」でしたね。
反物を買って仕立てる、仕立て直す、仕立て直せなくなったら、座布団や小物になる。着物の時代がすぎても、中原淳一くらいの世代までは洋服も同じ感覚だったんじゃないかと思う。
服だけじゃないです、家だって自分で直しながら何年もかけて「我が家」になった。
何もかも買える様になってある種の「自由」は手に入ったわけですが、生産社会が加速すれば、美意識や物への愛着や機能性は二の次になっていくでしょうね。
そんな中で定義は様々かもしれないが、「生きたものをつくりたい」と切に願う作り手がいるというのは素晴らしいことだと思いますよ。
すごくしんどいことですけど。
でも、妥協の連続をよぎなくされても、「譲れない仕事の仁義」というものが、どんな世界にもあると私自身は思っています。応援してます、ゾノさん。
それにしても、私自身が最近買いたい服ってなかなかなくて辛いです!流行云々、形がどうこう、世代もある。体型もあるけどね、2年くらい服買ってません!これも困りものですね。結局自分で直したり、作って着てますよ。
60歳とか、70歳とか、高齢になった時どうしてるかな?欲しい服を買えてるかな?やっぱり自分で作ってたりして・・・。
happy
更新日: 2004/03/18 04:02
ゾノさんこんにちは。
共感しますね。
良い服になかなか巡り合えるものではないですね。
裏手にひっそりとこのようなお店はあります。
せっかく見つけても、いつの間にかお店が
無くなっていたり、、。
百貨店に入っているメーカーは売る事しかコンセプト
は無く、
大体大手アパレルの事業管理者が「服」を知らないで
販売会議を毎週行なっている現実。
解らないから他のコピーを平気で進める。
生きた服作りをぜひ行なって下さいね。
良い物作りは国内の縫製工場と上手くおつき合いし、
作り手の顔が見えてきそうな服だと思います。
丸悦郎
更新日: 2004/03/18 03:00
ちょこっと思ったのですが・・・。
私、そもそも、物を「イライラして買う」人のお気持ちがわからないのです。。。「イライラして買った」服、私は1着も持っていないので・・・。
きっと服を買うことで、ストレスを解消したかったのではないか、とは思いますが。
イライラして、物を買っても、実は「その場限り」の安らぎだけで、本当の意味の「ストレス(イライラ)」は解消されません。
どんなに美味しい食べ物を食べても、ストレスは、解消されません。その時限りです。「おいしい」と思う瞬間を楽しむために、人は物を食べます。
イライラ・ムカムカは人に対する「不平不満」のかたまりです。「いいものがない」のも「誰もいいものをつくらないわ。誰かつくってよ」という心の叫びの裏返しかも知れません。
NGC224さん。
奥様の「イライラ」の原因が何なのかは本当は私にはわかりません。でも、物ではイライラは解消されません。NGC224さんの奥様に今、必要なのは、物ではなく・・・。
何でしょうね。NGC224さんにはもうおわかりなのではないのでしょうか・・・。
生きた服。って何でしょうね。服は生きているのかな・・・。
ポチョムキン
更新日: 2004/03/18 01:41
あの、ンドゥクーさん、わたし、「服は気晴らし」という、NGC224さんの奥様のご意見を、否定したんです。念のため。
ポチョムキン 拝
ンドゥクー
更新日: 2004/03/18 01:15
私はNGC224さんの方を応援します。
でも難しいですね、どちらもごもっともだと思いました。
「良い洋服」の定義は個人によって違うものだと思います。価値を共感出来る人達のグループ(作り手・担い手・お客様)が社会にどれだけの影響を与える、要は品物が世間にどれだけ流れるかがビジネスとしての価値観にはなってきますからNGC224さんが言われる品物が世の中に出るようであれば洋服としてもビジネスとしても評価があるということになるのではないでしょうか?
コミュニケーション力が軽薄に感じる今、ある価値観が素晴らしくとも世の中に伝播され難くく、また伝播が始まった所で簡単に流され易い世の中でもあと思います。
ポチョムキン
更新日: 2004/03/18 00:21
否定します!
ポチョムキン 拝
NGC224
更新日: 2004/03/17 18:55
否定してもらいたい。が本音。
NGC224
更新日: 2004/03/17 18:46
着たい服、欲しい服。見たことのない奇麗な服
初めて見た変わった服。
特別な時に着たい服。かっこいい服、かわいい洋服。
すてきな服、たいせつな服、
うちの奥さんにききました。洋服って?
それは気晴らしで買うものだそうです。
イライラしたら、おみせにいって、買いまくる。
ばっかじゃないの?
だよなー、私は努力したんです。永く着られる。
シックで飽きのこないものを。毎回すすめてきました。
反抗するんです。着たいものを買う、絶対きないですてる。きても一回か、安い。目についた。おにあいですよーのひとことが買う理由。お金を使うために。
ゆうこと、いいものがない。だって。
特別で、普通は違って。尊敬しちゃう女性もおおい。
でも買う時はみんな一緒、変身するんだ。
やっぱ、服はそれ以上、それ以下でもない。てあったけど。どう思う?

