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ンドゥクー
更新日: 2004/03/22
先日、とあるお店にて「こちらの商品は殆どが手作りとなっていますので…。」と接客を受けました。
大概のアパレル製品は必ず人の手が介入しないと出来上がらないと思うのですが、何処からが工業的で何処までが手作りと言う認識を皆さんはお持ちですか?
先のセリフが何か引っ掛かるんですよね。
ポチョムキン
更新日: 2004/03/26 09:39
うわわわわ。凄い勢いで発展しましたね。
『個性』と「誤差」(未熟)には、レベルの問題も絡んでいるということですね。
それを見破れる消費者になるぞ、と言う辺りからわたしははじめなくてはいけないようです。
見破った上で「買うかどうか」は、本当の意味での「オンリーワン」であるかどうか、に結局また戻ってしまうのでしょうけれど。どんなに素晴らしい品物が適価で販売されていても、「好み」じゃなかったら、買わない……でしょうから。
蛇足でしたね……
ポチョムキン 拝
logy
更新日: 2004/03/26 08:07
あら〜、私の投稿、ズレちゃいましたね。
ごめんなさい。^^;
でも、スレはまとまったようですね。^^
logy
更新日: 2004/03/26 07:58
>「私の知り合い、自分でデザインした、手作り帽子創って・・・・
これは「デザイナー」という言葉がかけた魔法でしょう。
大脳はデザイナーという言葉に大きく反応し、デザイナー=すごい!とか、カッコイイ!となって、ウケがいいのだと思います。
私は、丸悦郎さんをバカにする人の方がバカに見えるんですけど・・・・・。
丸悦郎
更新日: 2004/03/26 07:51
うーん。
ンドゥクーさん。
その販売員さんのお話。
「手作りなので不完全・未熟ですよ。だって『手作り』ですから。仕方ないでしょ?」
というンドゥクーさんの見解で正解だと思います。
その販売員さん、服作りに関して少し無知ですね。かなしい。
ンドゥクー
更新日: 2004/03/26 07:41
「熟練」と「未熟」とは考えませんでした。
そういう考え方もアリですね。
「手造り」というセリフを冠としての考えるとマイナスのイメージで販売員さんは言ってはいないでしょうが、少なくとも「多少の不完全さは我慢して頂戴。」との伏線も張れ且つ、「丁寧に扱っています。」とか「オンリーワンです。」の言い回しにも取れる素敵な言葉だったんですね。
完璧かも。
ただ作っている現場を見てから言うのと見ないで台本どうり喋るのとじゃ大違いな気がしますね。
丸悦郎
更新日: 2004/03/26 07:41
物にもよりますが。服の場合とお考え下さい。
「手作り」と言われて「手作り?じゃあ買わない」という人は、若い方に多いみたい。です。
「手作り?じゃあ買う」という人は、少しお年を召した方が多いみたい。
「手編みのセーターなんかでごめんね。腕時計とかの方が良かったよね?」という言葉が「普通」の時代らしいです。
手編みはダサいから。だそうです。
そういえばこの前、ある方から手作りサンドイッチを貰いましたが、正直言って「高級レストランの食事より美味しかった」のでビックリしました。
その方男の人なのです。
「味付け適当で作った。計量してない」とか言うし!
真の料理人って感じです。あ、話脱線。失礼。
丸悦郎
更新日: 2004/03/26 07:18
一般消費者に聞きますと。
「手作り」というのが「売り」になると思う人と、「売り」にならないと思う人がいるようです。
同じ「手作り」。「未熟」であるか、「完熟」しているかという考え方ですね。
また、始めは皆未熟です。何も出来なくて当たり前です。
しかし、始めの始めから「服創りなんて私には無理だし、そもそもつまんない。手作りなんてバカらしい」と勘違いさせてしまう、現在の家庭科教育にも問題があります。パターンソーイングにも問題があるようです。「どうしてこのパターンになったのか」が何も説明されていません。
高校時代、私が「自分でデザインした服を創ってる」とクラスメイトに話したら、「バカじゃないの?買えばすむじゃん」とそれはそれはバカにされました。今もバカにされますよ♪
「私の知り合い、自分でデザインした、手作り帽子創って売ってる」
これだけではバカにされるのです。
「私の知り合い、デザイナーで、手作り帽子創って売ってる」
理由はわかりませんが、後者の方がウケがいいのです。同じ人の事なのに、なぜだろう。
logy
更新日: 2004/03/26 05:26
「手作りは高い」 これは一部正解です。
一人で全てを作っていれば、確かにコストは高くなります。しかし何人かで作っていれば、コストを下げることが出来ます。
「手作りだからまちまちだったり、・・・・・・」これは未熟ということです。
同じ物(立体の相似形は、厳密に言うとありません)を作るのは、大変な技術が必要です。
作れないのはヘタクソだから・・・ということです。
ですから高いという理由にはならない。
にもかかわらず、これが世間一般に通用している。
やっぱり何とかしたい。。。。。
logy
更新日: 2004/03/26 03:46
帽子には「手作り帽子」というジャンルがあります。
公認されているのではなく、作っている人が、自分が作っているんだという思いをこめて「手作り」を冠しているんだと思います。
また困ったことに、未熟なものを「手作り」として喜んでいる人が業界内にいることも、こういうジャンルを生み出した理由です。
でも最も困るのは、一般の人が、「手作り」に対して工場製品が機械製品だと思っていることです。
何とかしたいです^^;
ポチョムキン
更新日: 2004/03/26 03:12
言い訳・理由などとも受け取れましょうか。
駄目押し
ポチョ、再拝
ポチョムキン
更新日: 2004/03/26 03:12
駄目押しいたしますと、理由だとか、言い訳のかわり、のようなものでしょうかね。
ポチョムキン 再拝
ポチョムキン
更新日: 2004/03/26 03:06
こんにちは。
うけ、というより、プレミアだと思いますよ。
「手作りだから、高い。」「手作りだから、まちまちだったりひとつひとつ違ったり、それは欠点ではなく、味わいとお考えください。(泥つき大根がふつうの大根より高い、のと同じ。)」
なるほどー、というような。
ポチョムキン 拝
ンドゥクー
更新日: 2004/03/26 02:31
こんにちは。
やはり一般の人にはウケるセリフなんですかねぇ。
ポチョムキン
更新日: 2004/03/25 08:10
↑やや日本語がへんですが……
意味、通じます?
ポチョムキン 再拝
ポチョムキン
更新日: 2004/03/25 02:29
答えにならないかもしれませんが、丸悦郎さんの設問の、「創って売るのが仕事」というところがなんだかおかしく聞えました。それは、「仕事」でなく「生業」では?
もしわたしなら「「創るのが仕事」までしか云えません。
これに関しては本当にただ個人的な所感ですが。
ンドゥクーさんが、「手作り商品」と言われたことに納得できなかった、と仰っているのも、業界の方ならではの感じ方であるように思います。そしてそれは、ンドゥクーさんがアパレルの専門家であったからこその感じ方で、例えば「本みりん」の但し書きの「名称」が「みりん風調味料」であるのは何?、というようなことなのですよね?
一般人はアパレル製品が「人の手を介さずには完成しない」ものだということに、「手作り」と言われた時点ですぐには思い至らないとわたしは思いますが、どうでしょうか。
ポチョムキン 拝
ンドゥクー
更新日: 2004/03/25 00:51
丸悦郎さんのご質問にはこう感じました。
A:ある程度の筋(販路)を知っていらっしゃる方で例えば劇団の意匠部門を手伝っているとか、ある芸能人の衣装を担当しているとか。
B:年に数回アーティストの集まりに参加し作家性を持った物作り(布帛から作っている)をしている。
ディテールが細かくて伝わり難いかもしれませんが要は
A=工業的・商業的 B:民芸的・芸術的
こんな感じですか。
ンドゥクー
更新日: 2004/03/25 00:40
おはようございます。
私は手造りと言われた事に対し素直に納得しなかった訳なんです。で、皆さんがそう接客されたらすなおに「へぇそうなんだ。」となるかどうかをお聞きしたかったんです。
どの程度の細工であれば手造りとして認め始めるのか、ポチョムキンさんの仰っしゃられた「内職」と工房もしくは専門の道具を使わないと出来ない所に専門性を感じ、そこからが「手造り」となる。そんな加減を探りたかったのです。
丸悦郎
更新日: 2004/03/24 14:35
じゃね、じゃね。
2つ並べてみますから、どんな印象を持つか、どんなところを「ウリ」と感じるか、消費者の方に聞いてみたらどうでしょう。
A.「私の知り合い、自分一人で服を創って売るのが仕事なの。」
B.「私の知り合い、自分一人で手作りの服を創って売るのが仕事なの。」
どうですか。どんな感じする?何か違いを感じます?感じた方は些細なことでも書き込んで欲しいです。
(前の方と違う感じ方だったとしても言葉の感じ方、捕らえ方は人により違って当たり前だからあんまり気にしないでくださいな。読書感想文が皆同じじゃ著者本人はつまらないっスよ〜)
ポチョムキン
更新日: 2004/03/24 10:06
あ、別に反論ではないです。わたしの最初の「手」の肩書きというのは仮に定義があるとしたら?という話です。で、ここの本義は多分、
手作りであるかどうかということより、戦略として「手作りです」と説明することにどういう意義があるのか、というお話ですよね?
ポチョムキン 再拝
ポチョムキン
更新日: 2004/03/24 08:23
個性だけが売り、っていうのも違うんじゃ?
あたたかみと云うのも、なんだかわたしピンときません。テクノ・ミュージックの特色が徹底的に無機的なリズム、テンポによる陶酔感、だとすると、あれは工業的、と解釈していいんですかね?
ポチョムキン 拝
丸悦郎
更新日: 2004/03/24 05:08
あのあの。
「手作り風」って書いてあるものは「機械でつくってます」って意味って受け取っていいのかな?
ま、まさか。
足で作ったもの!?(多分ちがう)
でもでも、ミシンも機械だよね。
機械は「複雑な機構を持った道具」ですよね。
道具なしで生きるのは難しいから、人間は道具を創り、使う。
ミシンが足踏みから電動に変わったのは電動の方が「速い」から。テレビで「足踏みミシンで創ると手作りのあたたかみがある」って誰かが言ってたけど、私の縫ったもの、電動も足踏みでも余り見た目は変わらない。むしろ、「電動で作ったもの」の方が「手作りのあたたかみがあるね」といわれる事さえあるかもしれない。停電したら使えないけど・・・。
すべてのものは手作りです。
「手作りです。」は「手で作ったあたたかさがウリです」という意味だと思います。
「手作りに見えないのがウリ」は。
「人の手で創ったものではないようにみえる。2つのものが寸分たがわない同じ物で、機械でつくったようだ」と言うものでは。
金平糖はなべの上で転がしているうちに角が出来ます。いくつの角が出来るかは、なべの傾き具合や砂糖水の量で決まります。昔の金平糖職人は美しい角の数や形を競い合ったのだそうです。
金平糖は「型に入れて成型する」物ではありません。
だから1個1個違うんだね。
でも、型に入れたとしてもどこかしら微妙に違うところは出て来る。この世に全く同じものは2つないから。
違うところが目立つと「個性的だ」
目立たないと「無個性だ」
みんなどっちになりたいのかな?
ンドゥクー
更新日: 2004/03/22 11:23
あ、なるほど。
専門性を持った「手」になると「作り」になり内職ならそう言わないとの認識はありそうですね。
ポチョムキン
更新日: 2004/03/22 08:45
入っている人の「手」の技術的肩書きじゃないでしょうか?例えば内職の下請けなんかは、「手作業」ではあっても、「手造り」とは呼ばれない、とか。
……あ、わたしの勝手な想像ですが。(内職にもレベルいろいろあるとは思いますけど、知らないものですから。)
ポチョムキン 拝

